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京都地方裁判所 昭和24年(ワ)238号 判決

原告 藤田初太郎

被告 谷口竜治郎

一、主  文

被告は原告に対し別紙目録記載の建物のうち階下四疊半の室並にこれに附属する押入を明渡し昭和二十四年六月一日から右明渡完了に至るまで一ケ月金百五十円の割合による金員を支拂え。

被告は原告が前項明渡認容部分を使用する必要上その周辺に適当な工作を爲すことを忍受せよ。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分しその一は原告の負担としその余は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において担保として金一万円を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の建物を明渡し昭和二十四年六月一日から右明渡完了に至るまで一カ月金百五十円の割合による金員を支拂え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は訴外後藤義一所有の京都市左京区下鴨本町二十六番地上の同人所有の原告肩書居宅家屋番号第十二番を被告は右地上の別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する)を右訴外人から各々賃借していたところ(被告の支拂うべき賃料は一カ月金六十円月末拂の約であつた)右訴外人は昭和二十二年一月中旬頃原被告等賃借人に対しその賃借している各建物につき賣買を申込んで來たが被告は買受資金がなかつたので原告に対し右両建物の一括買受をすゝめた。しかし原告はその際その資金を得るためには自己所有の京都市伏見区新町八丁目所在の建物を賣却処分しなければならなかつたので被告にその旨を傳えて被告もその居宅である本件建物を買受けるよう再三すすめたが被告は結局資金を得る途がなかつたので、原告において右両建物を一括して買受けることにしたがその際被告は原告の求めに應じて原告が本件建物を買得した曉は原告に対し本件建物を明渡す旨承諾した。よつて原告と前記訴外人との間で昭和二十二年一月三十一日右両建物について賣買契約が成立した。ところが被告は同年四月頃原告に対し本件建物を被告に賣渡して貰いたい旨申込んで來たが原告がまだ前記自己所有の建物を賣却処分していないときであつたので原告も之を賣却する積りであつたが、その際も結局被告にその買受資金がなかつたので不調に終つた。その際原告は被告に対しその申入に應じて被告の本件建物明渡期限を被告の長女谷口絹子が高等女学校を卒業するときに猶予することを承諾した。次で原告は昭和二十二年八月上旬前記自己所有の建物を賣却処分したところ被告は同年九月十四日になつて原告に対し本件建物の買受を申込んで來たが前記のように原告は既に自己所有建物を賣却処分した後なので被告の右申込を拒絶した。そこで原告は同年十一月二十八日訴外後藤義一との間で本件建物について正式の賣買契約を締結し同年十二月四日その所有件移轉登記を了し右訴外人の賃貸権を承継した。其後昭和二十三年三月末被告の長女絹子が高等女学校を卒業し被告の明渡期限が到來したが被告は前約に背いてその明渡を履行しない。そればかりでなく原告は從來うどん及びパンの加工業を営み肩書居宅の階下は殆んど全部店舗に使用し階上四疊半並に六疊の二室に原告の実母まさ(六十一歳)原告(三十六歳)妻てる子(三十一歳)長男進(四歳)弟武三(二十九歳)(年齢は何れも数え年である)の五人が居住しそれに加えて前記のように自己所有建物を賣却処分した際持帰つた家財道具類の置場に困り佛壇すら階下の土間の片隅に置いたまゝであり日常生活に不便この上もないので原告は本件建物を買得以來被告に対しその明渡を懇請したが應じない。そこで原告は昭和二十三年七月十九日前記のような事情に基いて被告に対し本件建物の賃貸借の解約を申入れ、以後六カ月を経過した同二十四年一月十九日右賃貸借契約は終了したにもかゝわらず被告は依然その明渡を履行しない。その後更に前記武三に良縁があつて近く妻帶する予定であるが、その妻になるべき者も早朝から開始せられる原告の前記営業を右武三と共に補助することになつているので婦女として未明のうちに他の場所から通勤するのは危險であるから右武三と同棲する必要があるが原告肩書居宅には前記のように狹いところからその適当な室がなく、また原告の妻てる子は現在姙娠中であるので近く嬰兒一人が増加する筈であるから原告としては益々本件建物を使用する必要性がある訳である。他方、本件建物には階下三疊、四疊半、階上四疊半、六疊の四室があるが居住家族は被告夫婦とその長女絹子との三人にすぎないのみならず被告は他に通勤する者であるから本件建物を明渡して轉居するにも比較的便宜である。よつて原告は被告に対し本件建物の明渡と前記賃貸借終了後の昭和二十四年六月一日から右明渡完了に至るまで家賃相当の一カ月金百五十円(昭和二十二年九月一日物價廰告示により金六十円の二倍半となつたためである)の割合による損害金の支拂を求めるために本訴に及んだと述べ、被告の抗弁に対し原告は被告主張のように昭和二十二年八月上旬本件建物の階下店舗の一部を物置として使用するについて被告の承諾を得その使用部分を明にするため板囲をめぐらせた際本件建物の右以外の部分を被告に対し永久に賃貸する旨約したことはない。原告は前記のようにうどん及びパンの加工業を営む者であるから店舗を重要視して原告肩書居宅の階下の疊敷を土間に改造する如きは当然であつて、從つて原告の本訴請求は人間の居住よりも営業を重要視してその犠牲を被告に轉嫁するものであつて権利の濫用であるとの被告の主張は不当であると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中原被告等が原告主張の各建物を原告主張のように賃借していたところ原告主張の日時原告が右建物のうち本件建物をその賃貸人であつた訴外後藤義一から買受けその所有権移轉登記を了してその賃貸権を承継したことは認めるが、被告は昭和二十二年三月原告と右訴外人との間の本件建物賣買予約成立の事実を知り原告に対し引続いて賃借することを申込みその承諾を得た際原被告間において本件建物について賣買の交渉があつたが、当時被告には買受資金がなかつたため買受をしばらく猶予して貰うことになり早速同年七月上旬に至り右資金を得たので原告に対し買受を申込んだところ拒絶されたのである。と述べ抗弁として原告は昭和二十二年八月上旬頃被告に対し本件建物のうち階下店舗の部分を物置用に貸して貰いたい旨申込んで來たので被告もやむなく被告が使用するに差支のない限度でそれを承諾したが、原告は同年九月中旬になつてその部分のうち被告の通路のみを残して他を全部使用するため板囲を被告に無断で作つてしまつたが、その際本件建物のうちその他の部分は永久に被告に賃貸するという約束をした。それにもかゝわらず原告は同二十三年六月上旬頃から被告に対し本件建物の階下全部を明渡すことを要求して來ているがそれは前約に背いているので被告において拒絶して來たものである。又原告は本訴請求の一口実として原告肩書居宅の狹いことをあげでいるが、原告は右居宅を買得以來その階下の三疊、四疊半の二室を土間に改造したのであつて人間の居住よりも営業を重要視したものであり、その犠牲を被告に轉嫁しようとするものである。從つて原告の本訴請求は権利の濫用であつて許さるべきものでない。よつて何れにしても原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が原告肩書居宅を被告が本件建物を原告主張のように各賃借していたところ原告が昭和二十二年十一月二十八日本件建物をその賃貸人であつた訴外後藤義一から買受けその所有権移轉登記を了してその賃貸権を承継したことは当事者間に爭がない。右賃貸借については期限の定めのあつたことにつき何等主張のない本件では右賃貸借は期限の定めのなかつたものと云うべきである。原告は原告が本件建物を買受けた曉は晩くとも被告長女の女学校卒業を待つて被告に於て本件家屋を明渡す旨の合意による賃貸借終了の事実を本訴請求の一理由としているから考へて見るに証人藤田まさの証言及原告本人訊問の結果によると被告より右原告主張の如き言明のあつた事実は之を認め得るが、右の如き言明は賃借人たる立場にある者が往々にして用ひ勝なその場の遁辞たる場合が多いのであつて之を以て直に被告が借家法上認められた利益を抛棄し明渡期限を明確に合意したものと認めることは現時の借家難の時勢に於て被告が代りの家屋を有し又は之を手に入れる資産を有する等の特別の場合でない限り妥当を欠くものと云わねばならぬ。次に原告は昭和二十三年七月十九日被告に対し本件建物の全部について賃貸借解約の申入の意思表示をなしたと主張するが原告の全立証によるも之を明認する証拠はない。而し乍ら同年六月上旬頃から本件建物の階下全部につき明渡要求のあつたことは被告の自認するところであるのみならず本件訴状の送達は本件家屋全部に対する解約申入と解し得るから原告の右解約申入が借家法第一條の二の「正当の事由」に該当するかどうかについて考えて見るに、抑々右正当の事由の有無は賃貸人及賃借人相互の相対的な利害得失を考慮する外轉居新築の可能性等社会的経済的情勢を斟酌してこれを定めなければならないところであつて、我國現下の情勢は戰災による都市住宅の絶対数における極端な減少に基く全國に亘る深刻な住宅難と資材不足價格昂騰による新築難を呈しそれに拍車をかけるものとして國内人口の戰後における急速な増加が数えられる。非戰災都市といえどもそうした情勢から無影響であるとは決して言えないのであつて寧ろ非戰災都市なるが故に人口増加の速度はより大であるということができるのである。こうした場合非戰災都市の住民であつても國民として相互に不便を忍んで現存家屋を最高度に利用するのでなければ到底現下の深刻な住宅難の解決ができないことは住宅緊急措置令による同居の法的強制をも必要とするに至つた事態によつても首肯できるところである。こうした情勢を見るとき一面に於て賃貸人が賃借人に家屋明渡請求をするについては極めて緊急止むに止まれぬ必要のあることを要すると共に賃借人の地位も亦賃貸人に斯る必要の存する限り現下の我國の情勢の下における居住の最少限度の必要性を顧慮して保護されゝば足りると考えられるから賃貸人が賃借人のあることを知つて建物を買受けたときであつても、この一事から直ちに賃貸人の解約の申入に正当の事由がないと即断すべきでなく、賃貸人の側に十分な必要事情があるならば賃借人が当該建物に居住する必要もない場合には建物全部について、又賃借人に居住の必要があればその必要の最少限度以外の部分について賃貸借契約を解除することができると解しなければならない。以上の見地から本件における具体的な事情を判断すると、証人藤田まさの証言並に原告本人訊問の結果によると原被告は昭和二十二年一月頃賃貸人であつた訴外後藤義一から原告に於ては当時賃借していた原告肩書居宅家屋番号第十二番について又被告に於ては当時賃借していた本件建物について夫々買受方を申込まれたところ被告には買受資金がなかつたため不調となり結局原告が單独で右両建物を一括して買受けることになつたが、その資金を得るため自己所有の京都市伏見区新町八丁目所在建物を賣却処分した後昭和二十二年十一月二十八日本件建物をも買得したがそれより以前原告は昭和二十二年五、六月頃本件建物を買受けた曉は前記賣却処分する自己所有の建物にあつた家財道具類を持帰るのみならず家族及仕事の都合上本件建物をも使用する必要があると考えて被告に対し本件建物の明渡を要求したところ、被告において原告が本件建物を買得したときは明渡すとか或は被告の長女谷口絹子が高等女学校を卒業したときには本件建物を明渡す旨言明したこと及原告が伏見の家屋を賣却して迄資金を調達し本件家屋を買受けたのは被告の右言明を信頼し早晩明渡を受け得るものと考へたからであつたことが認められ右認定に反する証人谷口ふじの証言並に被告本人訊問の結果の各一部は直に信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。又、成立に爭のない甲第四号証に証人藤田まさ、廣瀬治作の各証言並に原告本人訊問及び檢証の各結果を綜合すると原告は前記認定のように自己所有の建物を賣却処分した後家財道具類を原告肩書居宅に持帰つた上昭和二十二年八月頃からうどん及びパンの加工業を営んでいた右居宅の階下三疊、四疊半の二室を営業拡大のため止むを得ず土間に改造しそのためにその階上の六疊、四疊半の二室及びその附近に家財道具類を所狹しとばかりに不整頓のまゝ放置し、前記のように持帰つた家財道具類のうち佛壇すら当事者間に爭のない被告から返還を受けた本件建物の階下店舗の一部のはし隅の土間に放置するの外なかつたこと及び原告の一家族は実母まさ(六十一歳)原告(三十六歳)(以上何れも数え年である)同妻、長男、弟武三の五人であるがすべて階上の右二室に居住しなければならない現状にあること、更に右武三は近く妻帶する予定であるが從來より原告の前記営業を補助している関係から原告と同居するのが最も便利であるという事情もあつてその妻になるべき者と同棲するにしても現状のような居住條件の惡い原告肩書居宅では到底その余地がないこと、又原告の妻てる子も現在姙娠中で近く分娩することによつて家族として嬰兒一人が増加する予定であることが認められ、他方証人谷口ふじ(但し一部)、柏谷義夫の各証言並に被告本人訊問(但し一部)及び檢証の各結果を綜合すると本件建物は階下三疊、四疊半、階上六疊、四疊半であるが被告の一家族は被告夫婦とその長女絹子夫婦との四人暮しにすぎず被告自身及び右絹子は外部に通勤する者で絹子の夫柏谷義夫は本件建物の店舗の一部分でラヂオ商を営んでいるにすぎないことが認められる。右認定のような原被告双方の諸事情が存する場合、原告は既に昭和二十二年八月頃から原告肩書居宅を本拠としてうどん及びパンの加工業を営みその家族も大部分それを補助して右営業が行われているに反し被告自身及び絹子は本件建物を單に居住の用に供すれば足り唯養子(絹子の内縁の夫)柏谷義夫は昭和二十四年十一月に絹子と婚姻して初めて本件建物に居住することになつて最近表の店舗の一部でラヂオ商を開業したにすぎないのであり、又原告一家は現在五人であるが近く二名(武三妻及び原告次子)増加する予定であるのにその肩書居宅のうち階上の前記二室を居住に供し得るに過ぎないのに反し被告一家は前記認定の本件建物の四室に四人暮しであつて原告方に比して相当余裕があるものということができる。そうして見ると、被告が本件建物のうち階下四疊半一室並にこれに附属する押入のみを原告に対し明渡すも被告においてはなお階下三疊の室を依然茶の間にも使用でき食事にも何ら支障がなく、その室から昇降のできる階上二室全部を任意に使用できるし、原告においても右四疊半一室のみの使用が可能となれば、原告肩書居宅と本件居宅との階下の境界である裏庭の板塀中廊下に接する部分又は右四疊半の押入部分の障壁を撤去すればその室を任意に使用できることになり、その結果原告一家の現在の五人の家族は勿論増加するであろう二人を加えた七人家族になつてもその日常生活を支へるに足るものと認めることができる。そうすると原告のなした右解約の申入の意思表示は前記四疊半の室並にこれに附属する押入の明渡を求める限度において正当の事由があるものというべきである。

次に原告が昭和二十二年八月頃被告から本件建物の階下店舗の一部分の返還を受けた際被告は本件建物のその他の部分全部を永久に使用するについて原告の承諾を得たとの被告の抗弁について考えるに右抗弁事実に符合する証人谷口ふじの証言の一部並に被告本人訊問の結果の一部は証人藤田まさの証言並に原告本人訊問の結果に対比して直に信用し難く他に之を認める証拠はないから右抗弁は到底採用できない。又原告の本訴請求はその肩書居宅の階下三疊、四疊半の二室を土間に改造したことにより原告の居住の犠牲を被告に轉嫁するものであつて、権利の濫用であるとの被告の抗弁について考えるに原告はその営業を行うために止むを得ずその階下十三坪余りを全部その営業用に供したとしても之は原告の仕事の性質上の必要に駆られてした事であり、又此の仕事が原告一家の生計を支えて居るものであることは叙上原告援用に係る証拠よりたやすく推知し得ることであるから右一事を以て直ちに本訴請求を権利の濫用と称することはできないのであるから右抗弁も採用するに値しない。

よつて結局本件賃貸借は前記のように認めた正当性の範囲においておそくとも本件訴状送達の日たること記録上明な昭和二十四年四月十四日より法定の六カ月を経過した同二十四年十月十四日限り既に終了したことになるから被告は原告に対し本件建物のうち階下四疊半の室並にこれに附属する押入を明渡し、且つ昭和二十四年六月一日(原告は同年五月分迄の賃料の支拂われたことを自認し被告に於てその以後の賃料の支拂を主張しないからその以後は不拂の儘であると云うの外ない)から右明渡完了に至るまで賃料と右明渡部分に対する原告の使用を妨げたことによる損害金との合計額に相当する一カ月金百五十円(昭和二十二年九月一日物價廳告示により六十円の二倍半となつた)の割合による金員の支拂をなすべき義務があるものといわなければならない。ところで原被告双方が本件建物のうち階下に同居することになるが本件家屋は檢証の結果により明なる如く隣家たる原告居住家屋と壁又は塀により接して居るのであるから原告は明渡を命じた四疊半の室の周辺に之を使用する爲の適当なる工作を加うる必要があると思われるから原告に対し右の如く一部の明渡を認容する限り其の使用を可能ならしむる爲め被告に於て原告が右工作を爲すことを忍受すべき義務を負つているものというべきである。よつて原告の本訴請求は右に認定した被告の義務の履行を求める限度において正当であるからこれを認容するがその余は失当であるからこれを棄却する。

なお本件明渡に伴い、賃料改定、光熱費負担の割合等の諸問題が生ずるであろうが、これらは本訴訟の目的外のことであるからその判断をしない。しかしながら原告及び被告は円満な共同生活を営むため信義に基いて衡平を旨として、協議の上これを解決するように努めなければならない。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二條、仮執行の宣言につき民事訴訟法第百九十六條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦)

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